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タダノは闇で病んでいるのか・週雑

 どうやら私は(闇)病んでいるという話があるようです。 いいですね。病んでるというのは病気ということではなく、精神的に迷い込んでいるような人のことを指していると思います。  そういうことで見るなら病んでいないもしくは病んだ事がない人がいるのかという謎があります。

 とりあえず私のことなら心配ありません。通常営業であり、病んでいる状態は結構前に通り過ぎています。

「心の闇」をパワーに変える心理術

タダノの闇1

 私が病んでいたのは中学生の頃がスタートです。もちろんずっとではなくそういう時期が中学生の頃にもあったというだけで部活に遊びに忙しく青い時代を過ごしています。

 このころの闇は主に家族に関するものです。とはいっても私の家は比較的裕福であり、不自由のない家族です。ただ言葉の受け取り方の問題で家族の色々な言葉を看過できなかった時期があります。

タダノの闇2

 同じく中学生ですが女性に関する問題がありました。付き合ってない女性に迫られたり、振られた横にいた友人と付き合い始めたりしたことで結果的にその後の周りの関係に迷惑をかけたりもしました。

 とはいえ若気の至りというやつで、それを引きずって付き合いができなかったりはしません。嗜好に変な方向性はついたかもしれませんが。

タダノの闇3

 社会人になってお金の問題がでました。これはよく言うマルチの問題で私としては稼ぎたかったと言うより噂のマルチの中身を知りたかったということで100万を使いました。これは問題なかったのですが、この時のつながりでそこそこ大きな金額を先輩に持ち逃げされ中々心にきました。

 これも単純に逃げられたら早かったのかもしれませんが、連絡がつく中で揉めたため非常に多くの学びがありました。怒りも悲しみも絶望もありましたが先立つ物がなく行動としては何も起こせないままこれは延長しています。

タダノの思考

 私の基本は性善説にあるようです。とはいえ人の根本的な弱さから悪行などに繋がることについても包括しています。つまり良い人だから悪意はないとか悪さはしないということではなく、人がそういう事をしてしまうのは仕方ないという見方をしています。

 また現在宗教的なものを持ち合わせていませんが、神という存在には肯定的でありそれは神道にもキリスト教にも属さないというだけです。また神という存在を持っておくことが精神的に上下の振り幅を抑え中庸に過ごすことに役立つと考えています。

 最後に現在ブログ等に書いている中身について。 私の現在の主張は「社会では人が周りの人に認められるために努力する必要がある」という趣旨に基づいています。それに加えて「どうせ生きるなら楽しく感じるための努力をして生きる」というものもあります。

 これらを元に様々な視点から言葉にしているので重なる言葉や内容が多く出ていると思います。またこの文章はまとめて電子書籍として出版もされており英語、中国語でも出されています。ここではたたき台としての意味合いが強いので文章としては電書の方が読みやすく入りやすくなります。

 さて長々と自分語りをしましたが、結局のところ私はまあ病んでると言われれば病んでいるという程度であり、文字だけ見れば主張の塊なのでそりゃそう見えるでしょうね。普通に会話したらこんな話は滅多にせずにふざけたり議論したりしていますのでご心配無用に願います。

「心の闇」と動機の語彙: 犯罪報道の一九九〇年代 (青弓社ライブラリー)