素敵なはなし

素敵な話になればいい話、色恋と仕事

正しく人を試す 仕事編

 大人になると人を試すようになります。信頼や結果、絶対的なものを探したがります。 学生時代は人を試すのは多くが恋愛に費やされがちです。今日はまず大人になってからの仕事面をみてみます。

 試すのは悪くない。けれど100%や望むものだけ求めてはいけない。

仕事は楽しいかね?

人を試すのは悪いこと?

 成長し社会に出るといつしか利益を確保し純真でなくなったと思いこむようになります。場合に拠ってはそれを口に出すことで免罪符を得ようとしながら、周りを突き飛ばしても平気そうな人もいます。

 試された結果、思ってもいないところで本質とは別のところで低い評価を下されてしまうなんてこともたくさんあります。これが出来ないなら仕事だって任せられるものか!なんて言うのは老人だけでに限らずいつまでもどこにでもいるものです。

 こうやって見ると試すということは悪いことが多くあります。しかし試すことは自分や近くの人を守るために必要な知恵です。ギリギリのラインがどこなのか試して自分の行動範囲を広げたり、信用できると思うようになることで次の言葉の信用が強くなる。言葉も行動も変わらなくてもそこにある繋がりは試すことで確実に強くなっていくでしょう。

主人公は試さない?

 試すことは相手を信用しないことだ。試すことは自分が汚れてしまっているからだ。そう思っていたり意識している人は少なくありません。しかし試すことは純真さや正義とは関係ないことです。先にも書きましたが、自分や周りを守るためには試すのは有効です。

 試すことが悪や汚れに見えてしまう人は少し見方を変えていったほうが自分のためになるでしょう。なんせ試さない人なんていないのですから、整合性を持っておかないと自分が自分にくるしめられてしまいます。

 ワンピースのルフィは仲間や誰かが言ったことを試すことはありません。しかし奇跡的に誰もが裏切らなかったり、奇跡的に裏切られても幸運によって救われているという点を忘れてはいけません。奇跡は奇跡です。誰の上にも奇跡はありますが、それは都合よく降り注ぐものではありません。

 ドラえもんの世界では試すことも信じることも多くありますが、基本的に楽観的です。どんな苦境も必ず解決できるという自信が無ければあんなに楽観的に失敗や裏切りを受け入れる事は出来ません。

試し方と信じ方

 基本的に約束に自分が不利にならなければいけないことはありません。そんな法律もまずありません。法律関連では逆にお互いが対等であるという文言は見つけられるでしょう。何故こんな事を言うかと言うと就業規則や個人と企業の契約においては企業側が契約書を用意します。そんな書類にはほぼ全てで企業が有利に書かれています。かと言って携帯は受け入れなければ使えませんし、雇ってもらわなければ生きていけません。

 しかし、基本は対等です。客が金を払っているからと言って商品と交換するのであって人権を売り払っているわけではありませんし、雇ってもらっているからと言って同じ様に人権を売り払っているわけではありません。

 また、自分が汚い、正義ではないと思い自分が不利になる約束をしてしまう人がいます。私も一時期そういう潔癖から借金を背負うまでになりました。自分が不利になる必要は絶対にどこにもありません。いや、自分から持ちかけた話で自分が責任を負うなんていうのはまた別ですけれど。

 そしてもし試した結果として失敗してもその時負う「不利益が自分のキャパシティを超えるものであってはいけません」

部下を試す

 上司はよく同じ能力を求めがちです。しかし人は違います。同じ結果であれば許容しなければいけない事も多くあります。自分が気に入るかどうかを前に出してはいけません。 「こんな事も出来ないのか」というのはこんなことでしか自分はあなたを測れないと言っているっだけです。

上司を試す

 上司は常に部下より有能であるなんてことはありません。自分より先に上司の上司に認められる結果があったというだけです。上司を試す時は上司に逃げられない程度に言質をとる程度がちょうどいいでしょう。無理に言わせるのでもダメです。ノリノリでそう言ってしまうような空気を作ることが大事です。  上司は上司という役割の同じ社員です。無下にしては自分がいられなくなりますが、持ち上げておけばその場所が確保されるというわけでもありません。自分や有能な別の誰かがそこにいるべきかどうか試すのは大っぴらにやってしまうのは、ダメな空気を作る結果になります。

 女性部員や新入社員、生意気な人も同じ事をしなければいけないわけじゃないということに注意しましょう。同じ結果を求めることはあっても同じ能力を求めてはいけません。同一賃金なんて言葉が一般化していますが、これにも騙されてはいけません。常に能力は違うのですから求めるのは自分たちが滅ぼされる程の癌かどうかという程度です。

試すのは攻撃である

 試すのは悪ではありません。しかし評価する能力が自分に必ずあるとも限りません。それは周りを見ればよくあることです。なんであいつがこんなに偉そうなのかというのはそれです。

 しかしそれは世の常であり常識でもあります。人は常に人を試し、評価します。学があろうと経験があろうと試すことは出来ても評価が出来るわけではありません。

 攻撃すれば防御があり、反撃があります。殴られた全員が泣いて逃げるわけではありません。

何の話だ

 さて申し訳ないことにこの話は何が言いたかったのかよくわかりませんね。人は試すしか無い。けど試す時は反撃も考えなければいけないし不利益は自分の負える範囲に抑えるどりょくをしようというのが骨です。

 そして仕事上で人を試す時はそれが全体を壊さないように方法を考える必要があり、試した結果が正しいとは限らないことを覚えておかなければいけない。

 この辺が内容です。多分。 色々メモから文章に起こすのですが今回はメモの後半がよくわからないものでちょっとまとめられませんでした。本当にすみません。

 今あなたは許しを試されている!?

彼への疑い、不信感を消す習慣: 彼を束縛したり、試すようなことばかりして、別れた人へのメッセージ