ロクな奴がいない わけがない
「ロクな奴がいないな」というのは誰に限った話でなく、周りを見渡して言葉にしなくても感じたことはあるでしょう。
その感覚に潜んだあれこれを少し覗いてみます。
ロクな奴は
人間都合の良いもんで、ロクな奴というのは自分に都合の良い奴である事がほとんどです。
自分より仕事ができようが成績が良かろうが、難癖をつけてああいうのはロクな奴じゃないと言ってみたりするもんです。
言い忘れましたが、そう言てしまう事思ってしまう事は悪い事ではありません。普通です。良いと言おうと思えば向上心だったりするものですから否定しきれるものではありません。
ただ、自分がどんな事を言っているのかを理解しようというだけの事です。
例えば優しい人というのは「自分にとって」という枕が必要です。自分だけに優しい人は周りから評せばそれこそロクなじゃないということになります。
そういえば周りの意見をちゃんと取り入れるというのも少し話がありますがお気づきでしょうか。次回にそんな話もしてみましょう。
自分の言葉を見つめ直す。
私は昔からよく自分の言葉を変えています。何となく違うんじゃないかという気がして言葉を選ぶだけの事ですがおかげさまで人の言葉を気にするようになったかというとそんな事はありませんでした。
むしろ人によってニュアンスが違う事を受け入れるようになったので口が悪い人にもあまり気にならなくなったくらいです。ただニュアンスの違いを確定させないと意味がすれ違いになるのが怖いので意味を聞き直す事が多いのでやはり周りからは面倒な人間でもあるでしょうね。
言葉を見つめ直すと言って英語になったりスワヒリ語になったりはしません。当然です。しかしそうならないので見つめることのできる言葉はごく一部に限られてしまいます。
少しずつ少しずつ自分の血を入れ替える作業を今日もどこかで行っています。
言葉は自分自身です。ずっと姿を見れないとしても言葉を聞いていれば想像する人物像があるでしょう。言葉は力になります。知識の中でも格が上がる知識の1つではないでしょうか。
それを見直してる俺かっけーとかいうものではなく、そこまで言っておいて自分で見直してない方が違和感ありますしね。
この機会に普段使っている言葉を少し見つめ直してみてはいかがでしょうか。
ロクとは
ちなみにロクは「陸」で数字の6の代わりに使われたりもする漢字ですが、ここでは「平らな」「平穏な」「まともな」という意味で使用されるもののようです。
ロクな奴とはいいますが何もない1日をロクな1日とは言ってるのは聞いた事がないですね。