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素敵なはなし

素敵な話になればいい話、色恋と仕事

結果という評価とか周囲の目を集めようという話

雨の大阪からおはようございます!みなさんわいわいしてますか?楽しんでますか?素敵ですかー?
私はもちろん楽しんでます♪楽しむには結果集めがいいと思いますよ!?

実存主義とは何か


結果とは

結果とは一般的に評価であったり哲学者サルトルの言うまなざしであったり自己啓発のジェームズアレンの原因と結果の結果です。
今の私たちそのものが常に何かの結果であって原因になり続け結果になり続けています。

それでは遠景すぎるのでもう少し目線を近づけてみましょう。私たちは社会に生きながら同じく社会の人たちから常に評価されています。無視ですらその評価の1つであることを注意しておきつつその結果である評価の重要性について見てみます。

私たちを取り巻く評価はそれを持って初めて自分となる重要なのは要素です。例えばサッカー選手はすでに一般人より数段上の技術を持っていても上手い下手と言われ収入を決定されます。さらにサッカー選手でありながら知名度と見た目から企業のイメージキャラクターなどにも採用されます。一方で一度の失敗で役立たずと言われた結果引退することもあれば影響力の大きさから政治的思想的発言をすることは憚られる個人の自由度の低さもあります。

もう1つ身近な例にすれば医者は最近ではネットでの評判を気にします。それによって来院数が一気に変わったり信頼度が変わるからです。しかもこのネットの評価はたった一度の失敗によって大きく下がり続けることもあれば上がることもあります。病院の患者、医師、看護師すべての人に影響する評価を1人の評価が左右するかもしれないわけです。

サルトルは「聖ジュネ」でジュネが社会からの結果としてサルトルの言うまなざしで「泥棒」と評価されたことを受け入れることに注目しています。そして更にその結果ジュネが自由を手に入れたのだとしています。

普通自分がなんであれ低い評価をされると不平不満がでます。特に日本人のように自分では言わないけれど他人には高評価を求める場合は「なんでお前にそんなこと言われないといけないんだ」となりがちです。

しかし積極的に肯定してしまえばその評価は次の自分を作る糧になり原因になりエネルギーになるわけです。「立場が人を作る」というのもこのことですね。

聖ジュネ〈上巻〉―殉教と反抗 (1971年) (新潮文庫)


結果を集める

結果である評価は自分を決める指標です。社会から見ればそれが全てです。しかしそれが単一であることはありません。いろんな場所で色んな立場の色んな役割の自分がいるわけですからその数だけ評価もあります。そして更にそれを見る人の数だけ評価があります。

サッカー選手は家に帰れば夫であったり親であります。またサイドビジネスをする実業家出会ったり株主であるかもしれません。ある医師は一方で人殺しと呼ばれるかもしれませんが、また別からは命の恩人と言われていることもあるでしょう。

自分では活発な方だと認識していても近所の人から見れば引きこもりであることもあります。仲間思いの誠実な人間だと思っていても周りから見れば仲良くしなければ危険な人間かもしれません。

その評価はどれもが間違っているだけでもなく正しいだけでもありません。ごく一部の自分であるだけです。しかし妄想の人間ではなく現実の自分でそれが周りから見た自分自身であるわけです。

その中から自分を感じ取りジュネのように受け入れることで自由を獲得していくわけです。サルトルが自由といったそれは自主性とも言えますし責任でもあるわけです。

「原因」と「結果」の法則


理由

多くの評価、結果を集めていくことで得られるものはどんなものでしょうか、先ほどの自由であることと同時に思考の材料にもなっていく事が見て取れます。

例えば自分がどこまで影響を持っているのかは表面的な結果を集めることで知ることができます。
自分の発言力でもありますし生存範囲でもあります。そういったものを見つめていくと自分が欲しい結果がはっきりしてくると同時にすることがはっきりしてきます。

上手い下手というニュアンスではなく、何ができる人だと言われ何ができない人だと言われるのか。自分を出していくことが苦手であってもどこかで見ている人がいます。これまで通り自然な自分だけではなくなりますが積極的に自分に関われる、一番影響を与えられる人は自分自身になるということです。