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素敵なはなし

素敵な話になればいい話、色恋と仕事

楽しく生きる

楽しくなさそうに生きている人は減りそうにありませんがいかがお過ごしですか。

今回は「面白くない世を面白く」ということで考えていきますどこぞの幕末志士ですかね。そしてその大筋を一言で現してみると「適当」です。

 

今日のメニュー

  • 適当に恋愛をする
  • 適当に仕事をする
  • 適当に遊ぶ
  • 適当に生きる

 

人生の言い訳 (廣済堂文庫)

人生の言い訳 (廣済堂文庫)

 

 



適当に恋愛をする

やはり人に必要な要素の一つは恋愛です。他人との深い関わりと言い換えてもいいものです。初めての恋愛や全力の愛情というのは初めはどうしても全て受け入れたくて全て受け入れてほしいもの。

 

しかし実際人と深く関わるとそんな事は出来ませんしできる人もいません。もしそう見える人がいたとしても、そう見えるほど合っている部分が多かったり無理をしている我慢をしているだけです。

 

そしてその無理や我慢はずっと続くものではありません。好きになり初めはどんどん深くなる愛の中で許せる事も、一定以上の期間が過ぎると熱は緩やかになり我慢は限界を迎えます。

 

恋愛は熱を楽しむ事もありますが、もし続けたいのなら熱のあるうちに相手から全力で怒られたり泣かれたりして中身を出してもらうこと、同じように自分も出すことで理解をしてから緩やかな時期を迎える方がいいでしょう。

 

もしそれが出来ないのなら初めから適当に熱を逃がしつつ温暖であり続けるとうまくいくのではないでしょうか。多分ね。

 


適当に仕事をする

仕事は生活のために仕方なくやっている、命令があればやらなければいけないという人は少なくありません。

 

周りの人には辞めればとか断ればとか一言言ってやれとか言っていても、いざ自分のことになるとやはり自分が仕事を失う事や怒られることを恐れてしまうものです。

 

仕事は自分の能力を上げたり、自己実現だったりいろんな側面がありますがほとんどの人はそういった側面よりも金銭と義務感に従事しています。


仕事なんてなくなっても何とかなりますし、怒られたところでいきなりナイフで刺されることはまずありません。絶対にないとはさすがに言えませんがそんな人が一緒に働いているとしたら不運だったというしかありません。

 

頑張れば自分の能力は伸びるので楽しく働けるでしょうが、限界もあります。その分お金が増えるとも限りません。

 

全力で挑むこともあれば、全力でサボることもあり、全力でしか働けないのなら全力で辞めて遊ぶ時期を作るように自分をうまく使う事が40年以上働くことのコツではないでしょうか。私まだ30代ですけど。


適当に遊ぶ

遊ぶというのが生き甲斐だという人もいます。遊ぶために働いて、遊ぶために生きているそういう人でも遊び方が度を越すと警察のお世話になったり身を滅ぼすことになります。

 

芸能関連では遊びは芸の肥やしと言われることもありますし、Googleなど最近の企業では業務時間中に遊び時間を作り発見や進化を促しています。

 

適当な遊びは適当な食事や適当な睡眠と同じくちょうどよく取り入れるからこそ楽しく効果があるということもあります。

 

ニートはずっと仕事についていないからといって楽しいわけでもないし何かを生むわけでもないんですね。まあ私はずっと遊んでいるようなものですけど。

 


適当に生きる

生きるというのはよくわからないものです。考え始めたらずっと悩み考え苦労し続ける人もいます。そこから宗教に発展する人もいますが宗教に発展したら救われるとか楽しくなるというわけではありません。むしろ答えはないからずっと悩め、ずっと考えろと言われるものです。

 

人の悩みはおおよそ全ての人が考えたことのある悩みです。人それぞれに答えを出したり放置したりして生きています。

 

放置もまた答えであって誰かの答えが間違っているということでもありません。


いろんな人と出会えば答えが変わることだってよくあります。

 

悩んだときは誰かの答えを聞いたりしつつ、自分の答えを特に否定することもなく誰かにその答えを通そうとすることもなく適当に生きていくのが一番楽しいでしょう。私は柔らかく自分の答えを押し通そうと書いているわけですけれども。

 

おわりに

さて楽しく生きるということで今回は適当さを求めてみました。適当という言葉は難しいもので、ちょうどいいという意味と手を抜くという意味で使われます。

どの意味で使うのも人の勝手です。ただ誤解されるのも人の勝手なので一々怒ったり悲しんだりするのはやめてそんな人もいるんだなと緩く構えて楽しくお過ごしください。