素敵なはなし

素敵な話になればいい話、色恋と仕事

楽しく生きたきゃ諦めよう

安いプライド、というと言葉自体が安っぽいことも否めないところですが、自覚のないところで誇示して固持しているのが大抵それです。
誰でも持っているし誰も気づいていないところが厄介な空気を演出しますね。自覚してるよと笑ってくれる人もいるんですが、そう言っている人の方が無自覚であることを認められないプライドがあって笑える話です。そうは言いつつ笑いませんし笑えることでもありません。
無自覚であろうがなんだろうが、自分がそこで得られる幸せを得ないために周囲もその分不幸側に振れるわけですから。

人生における幸福感もしくは満足感や充実感というのは一定で得られるわけではありませんよね。振り子ほど行ったら来るというような定周期なものではありませんがそれは常に揺れています。

いろんな要素の中でそれは揺れていますが、一番大きいのは近くの人。その1人が面倒な人だと不幸振れは頻度高い分影響も大きいですものね。


今この話を見ながらあるある!あいつは面倒だ!とおもったあなた。
あなたも面倒の一端であることをお忘れなく♪


幸せになりたいよりも、不幸感の強い人は要注意です。幸福感はどれだけ周りに求めても改善に繋がりませんし成功しません。自分がどんどん不幸振れするだけです。
例えばあなたの不機嫌さが伝わった相手は大抵優しいものです。しかしそれが続いたり頻度が高いと面倒の認定をされます。その結果相手はあなたに対して相応の対応をとることになります。話を聞き流すことかもしれませんし近づかないことかもしれません。もしかすると一緒に働きたくないと嫌がらせを始めるかもしれませんし、面倒だと周りに言いふらすかもしれません。

これではあなたは幸せ側に振れることはありませんよね。

どうすればこの不幸振れを減らせるのか、それは楽しむことです。笑顔でいればいいという場合もありますが、つくり笑いって案外伝わるもので結果が芳しくない事もしばしば。そうすると本当に楽しむしかないんですができますか?

楽しくないものを楽しむって難しいというか無理!て人もよくいます。なんででしょう。勉強は楽しくないけど楽しめるひともいますし、スポーツ嫌いな人もいれば好きな人もいます。上手な人は好きという事も多いですが下手で好きな人もいますよね。

あるものを好きな人と嫌いな人の違いはなんでしょう。
基本的には積極性です。自分からの意思で動いていると、そこには成功と失敗があるので広い意味でゲーム性が生まれます。本当にイヤイヤやっているときはしていること自体が不幸なので生まれるものすべてに不幸色がついてしまいます。

諦めよう

自分は到底何かを生むなんてことはできない、不出来で不細工で歪な人間である。
それくらい諦めてください。

周りにあるものは自分で手に入れてなんかありません。全部運が良くて得ることができただけで自分が何か出来たなんて思わないでください。

何もできない生み出さないしょうもない人間のあなたには周りにあるものすべてが本当に運良くあるだけです。仕事もパートナーも家族も環境も。

と、そこまで思い詰めることはありませんが、しかしどうでしょうあなたが本当に自分で生み出せるのなら周りに人間は不要です。服も作る農作し道具を作り生きていけます。

なんとなくあるものが偶然あることを少しだけ諦めて感じてください。


今日も楽しく過ごしすぎてわけのわからないことを綴る私でした。