素敵なはなし

素敵な話になればいい話、色恋と仕事

自分は自分でしか無い。受験生の過ごし方の言葉のはずだった何か。

ご相談頂いたのでお手紙です。見た方の意見も書いていただければと思います。

テーマは大学受験の年、高校の友達付き合いと受験勉強とのバランスの取り方について。

高校の友達は長く続くとも言われるので仲良くしたい。しかし勉強に集中するとそうもいかない。そのバランスを皆さんはどう過ごして、どうすれば良かったと思いますか。


私が過ごしたその頃より、友達同士の繋がりは複雑になったと思います。私はその付き合いにスマホの保護フィルムのイメージを持っています。ピタッと隙間なく引っ付いて、張ってはがしてまた張って。こんなイメージはどうでもいいんですが私のこの頃気にして欲しいポイントは3つ。

  • やりたい事よりもやるべき事。
  • やらなければいけない事よりもやりたい事。
  • バランスはとらない。 
どうぞ暫くツッコミを入れつつ中身を考えたら読み進めてください。


やりたい事よりもやるべき事をやる。


まず一般的に「やりたい事」はサボる事、楽をする事になりがちです。学校でする勉強や仕事の内容価値はないと仰る方もいらっしゃいますが、私は主にその内容以外にその価値を持っています。
それは主に次のようになります。

1.するべき事に必死になる事
2.教師や学校(上司や組織)が伝えたい事を受け取る練習
3.自分の能力を鍛える事

1.楽な事に流されやすい人間という物は、1度流された下流から同じところまで、ましてや上流まで登るのはとても難しいことです。スポーツをしているとクラブなどの体質によりますが、勝ち負けがあるので必死になる習慣を保てますが、そうでなければあとは本人の気質によることがおおい。なら流れない足腰を作る為に必死になる事はそれだけで価値がある。

2.生きるという事はコミュニケーションを取り続ける事です。そして学校、職場はその練習に適した場所です。なぜならそこには敵や味方が生まれる適度な人数がいて、育った時間すら違う年上や年下がいて、殆どの失敗はその後の時間や成長で修復できるからです。
言葉を発する事、受け取る事は難しい事なので、沢山の言葉をやり取りして失敗が生活基盤に関わらないそこはやはり最適です。

3.そして勉強やあらゆる作業は脳のあらゆる部分を鍛えます。発想や表現力、思考力全て鍛えられています。社会人になっても出来る人はサボらない人。今やらない事は出きるようになると楽観する前に今やる。

それならやりたい事よりもやるべき事をやりましょう。やるべき事は静かに見直すと本当はわかっているものです。

さてさて話逸れてません?いやいやこれが私の言いたい事なんでもう暫く読んでください。ここまでで伝わっていないならもう1度区切って読んで流して読んでみて下さいね。


やらなければいけない事よりやりたい事をやる

はい出ました。さっきの頭に逆のこと言いましたやん!!!と思いましたか。それとももう細かい言葉の違いで伝わりましたか。ここに書いたのは「やらなければいけない事」さっきのは「やるべき事」ですね。

世の中にやらなければいけない事はありません。それぞれの価値観で、またその時の状況でやった方がいい事はあってもやらない選択は出来ます。勉強宿題仕事連絡挨拶謝罪お礼。やらなければいけないと思う人も、場合もありますが、そうでない事もある。やらなければいけない理由が理解できる、納得できる、どちらも出来ないがそんな気がする。そうしてそちらをやりますが、例えば高校受験と2万人応募したオーディションの最終選考なら、オーディションは自分がしたい事だろうし一目散にオーディションに行きましょう。仕事を助けてくれた先輩へのお礼と見たいテレビ、お礼でしょう。

「やらなければいけない」という言葉が何かをやらない言い訳にならない事を知っておいてください。


やりたい事がどの場所にあるのかも考えましょう。友達と遊ぶ、彼氏彼女とデートは相手への理解を求めれば減らせます。高校や大学が人生を左右する!そんな事はありません、どちらも入り直せます。学びたい事はあとから学べます。しかしそれが今サボった結果であるならきっとあなたは入り直す事もなく諦めます。たった二三年の事をできない事として諦めます。これは話が逸れました。やりたい事は承認欲求や所属の欲求に頼らず自己実現欲求から考えます。言葉からの理解が難しいかもしれませんが、読んで字の如くと今は考えましょう。

やりたい事がタイミングをずらしてできる事かどうか、アイドルを目指すなら早いほうがいいでしょう。歌手ならいつでも間に合います。憧れの人と話すチャンスがあるなら行きましょう。それが何度も会えるなら行かなくていい。「今しかできない事」を都合よく解釈せずに行きましょう。

少し言葉がぴょんぴょんしてますね。それぞれの細かい事は私が投げているトークに書いてます。これからも書いていきます。何言ってんのてめえと思ったら個別に話しかけてください。


バランスをとらない

ひとまず最後のポイントですね。もしかするとここまでの全て無意味にするかもしれません。まあそれも一興ですか。
作品を出す人達にも時々言いますが、バランス、統一感ともいいますが、これは取ろうとしなくていいです。何かをしたとして、飽き性で次々と違う事に手を出していく。これはどこかに落ち着けと言われるでしょう。しかし気にしないでいい。作品を創ったとしてなにがやりたいの?と言われる、偉いひとに統一感が無いと言われる。気にしません。

自分という人間はどうやっても自分にしかなれない。どんなに変わろうとしてもある人から見れば別人になれても、別の人から見れば何も変わっていない。何をしても何をしなくてもあなたである事は変わらない。地上でバランスを取ろうとして手を広げる、しかしそれが宇宙なら無意味ですね。役割の中で取るバランスは一人の人間のバランスを超えない。
誰かの子供として取る行動、学生として、社会人として大人として、恋人として、どこかに所属する人間として取るあなたの行動はあなたである事を超えない。

作品なら、の話は今はこれ以上要りませんね。

もし取るバランスがあるならそれは自分の中のバランスです。何かに心を全部沈めてしまえば窒息します。SNSに窒息する、友達に窒息する、仕事に窒息するそうならないために息抜きをします。
したい事、するべき事を最大限にする為に自分のバランスをとります。心も体もピタッと止まっている事は出来ないですから、あっちに揺れればこっちに揺れ向こうを向けばこっちを向いてバランスをとります。

「自分はこういう人間だから」をやらない言い訳にしないように。しかし「こういう人間だから」でバランスを取らずに倒れないように。



1枚で言いたいことを言い切る為に盛り過ぎて悩んでる私です。受験の話がデカくなりすぎてない?と言われても常にこの感覚で答えるのです。この文章に引っかかるよりは当初の質問に答えてあげて下さい。



最後に

友達との連絡はスマホがあればいつでもどこでも取れます。私には何年連絡を取っていなくてもふと連絡すれば遊べる人が何人かいますしその人たちは真剣に話をしてくれます。みんな自分を基準に動き自分を基準に答えます。現状を話さなくてもtweetを見ておくだけで済む人もいます。友達との繋がり方は自由。

友達は大事ですがそれ以上に自分が大事です。親だろうと子供だろうと親友だろうと恋人だろうと、参考にはしても決定権も責任も自分に。



自分は自分のする事でしか何にもなれない。
迷路は難しく見えても一本の道で目的地につながっている。
自分を出して出して出してそれでも伝わるのは1割にも満たない。
自分が個性だと思っている事を全部捨てて最後に残ったものが本当の個性。
正義の反対は別の正義。