素敵なはなし

素敵な話になればいい話、色恋と仕事

モテることをお勧めする理由

モテることに関して話していると嫌悪する人がいる。話しを聞かない人は馬鹿なんだなと思うだけだけど、話を聞いて納得出来ないのはこれまでの自分を否定できない辛い状態である。

そもそも私のいうモテるとはハーレムや取っ替え引っ替えする状態、SEX漬けになる状態ではない。

モテるとは人寄せである。他人からの良評価である。
評価を集めることは社会で生きる上で欠かせない要素である。仕事で認められる事は他人からの良評価で、人によっては同じ事をしても全く喜ばれなかったりする。同じく美味しい手料理を作っても不細工と綺麗な顔面ではあからさまに後者の方が良く思われる。そうでないこともある。とかそんな理想を話したいわけではないしそれが少数意見であることは間違いないのだ。

その評価を公正に若しくは不細工の方が良くなるように、ヤンキーやヤクザが優しいと一般以上に好印象になるように、自分をコントロールすること。そう、これは寄ってくる人をコントロールしようというのではない。自分をコントロールするのだ。

そんなこと気にして生きていきたくない?ご自由にどうぞ。しかし、普段から誰かの前では腰が低く、誰かの前では強気に話す。それは自分をコントロールしているのだ。自分のメリットのために自分をコントロールする事に違いはない。

さてそろそろ言論弱者を虐めるような話はやめて本題に移ろう。

モテるとは、と書いたがそれはつまりモテることの必要性に繋がっていることを察しの良い人は解ってもらえただろう。現在のあなたが住んでいる社会、この地球上のどこへ行ったとしても人との関わりから逃れる事は出来ない。
そして人間同士の関わりには好き嫌い、贔屓、などはそれぞれの人の経験や思想で決められており、私たちが言葉によって覆す事は難しい。説得によって好き嫌いを覆す事が出来るのはごく稀であることは誰にでもわかる事である。

モテると私が表現するのにはこだわりは無い。人寄せでも良いだろうし、媚び方でも構わない、全方位美人化でも。ただ媚びたい!と息巻く人はそうそういない事は感覚的に分かる事であるし、何よりもこの言葉そのものが読まれなければ発する意味がない事は分かってもらえるだろう。伝わった言葉の中から使って頂ければ幸いである。

ここまででモテたくないというひとがいるなら、それは真っ当に評価されたくないということだ。批判されたくない、批評されたくない、指示されたくないそんな人は勿論いる。20年でも生きればこのモテるという言葉がその類でない事は分かってもらえる内容だろう。もしわかっていただけないのであれば私の言葉が足りないのだ。そこは大人しく謝罪しなければならない。分かってもらうための言葉で分かっていただけないのだからそれは申し訳なさで一杯である。
ところで申し訳なさとは何だろうか、それが一杯になっているとはなんだろうか。ふんわりとそんな疑問を持ちながら次の話に移ろう。

モテには良いことがたくさんある事を知ってもらおう。
先ず仕事がうまくいく。接客は勿論人とのやり取りそのものだから当然。同じく営業も上手く行く。ただし、こういった中で、短時間、小数回での面会しかないものでは人によっては全く効果がない事もある。それは私の進めるモテには一応の短期対策はあるものの、人の安心感は多く見るだけでも形成される事が明らかになっているからだ。結果よりも目の前の人の顔を見ない客には通じないし、それ以前に関わり合いを避けるタイプの人は笑顔すら怖いだろう。しかしそんな人でなければモテは必ず効果を表す。接客の効果もその評価も必ず上がるだろう。

次に当然恋愛も上手くいく。周りの人から良く評価されるという事は異性からも良く思われる事である。あからさまに良く見せようとしすぎて鬱陶しがられていなければ必ずあなたの恋愛は成る。とは言っても今目の前にいる人とは限らない事は注意しておこう。今までできた評価を覆す事が難しいことはこの中でも思い出してもらえたように、これまで何も思ってなかったのならまだしもマイナスの気持ちを強く持たれていたのならそれは成らないかも知れない。

また既にある関係は更に良くなるだろう。それは結婚関係であり、友人関係だ。上司と部下かもしれない。見えるものが変わるのだから変わって当然である。ここで矛盾をついてくださる方は素晴らしい読書家であろうと思う。すぐ前に一度出来た印象を覆すのは難しいといったばかりだ。しかしこれには勿論理由がある。見せよう見せようと力が入れば前の言葉は変わらない。モテる事に集中し身近な人を例外とせず接し、これまでの関係とは別に新たに関係を築くつもりでいればこの関係は良くなる。