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勝ちたければ負けを知り、勝ちを捨て利を取り、利を捨て人を取る

勝ちたければ負けを知り、勝ちを捨て利を取り、利を捨て人を取る

いい言葉ではないでしょうか。 どこぞの成功したビジネスマンが言ってたらしいですよ。

ところで勝つってなんですか

弱さに一瞬で打ち勝つ無敵の言葉 【超訳】ベンジャミン・フランクリン

 勝ちとは

 そもそも勝つって簡単に言いますが、その中身を共有できていることはあまりありません。 あるビジネスマンにとっては契約が取れたら「勝ち」かもしれませんし、その隣ではそのビジネスマンに契約を取らせることが「勝ち」だと思ってサポートしてる人がいます。しかしさらにその横には契約を取らせることではなく信頼を得ることを「勝ち」だと思ってサポートしている人もいるでしょう。

 金太郎はクマに何度も何度も相撲で勝ちました。しかしこのときの金太郎にとっての「勝ち」はなんでしょうか。別にクマに勝って得たものはありません。敢えて言えば「強い人」という認識と何故か勝ったことで仲間として認められる関係性でしょうか。

 現在でも強い人がそのまま「勝ち」という認識は強くあります。強いの種類が腕力から経済やスポーツになっているだけですね。一つだけ面白い企画だと思ったのはとんねるずの番組でやっていた男気じゃんけんと言うやつですね。じゃんけんで勝つとその商店街などの支援として大人買いしなければならないということで、絶対に要らないなどのネガティブな言葉を言ってはいけないということもあって勝った人が微妙な表情をしています。

 「勝負」は人の成長に大きな影響を及ぼします。人と言いましたが、実際には世界の動植物全てがその勝負によって命を勝ち取っているともいえますね。

 「勝つことは命を勝ち取ること」というのなら、身の回りの勝ち負けは些事と言ってしまえるものになりそうです。なのにどうにも譲れそうにもありませんね。

 

勝ちとは 勝つこと 失敗 かつ方法と勝ち方

負けを知り利を取り人を取る

 さてそろそろタイトルの登場です。勝手に短くさせてもらいました。 「勝ちたければ負けを知り、勝ちを捨て利を取り、利を捨て人を取る」この言葉についてみていきましょう。

 勝ちたければとは言うもののこの言葉で言う「勝ち」は直後に「負けを知り」ともあるように一つ一つの勝ち全てをとろうというわけではないようです。ここまでに見てきたことも同様に「勝ち」そのものは様々な価値感によってその姿を変えます。最終的には「命」というところまできましたが現実的には「生き方』という方がしっくりきますね。

 「負けを知る」というのは確かに大事なことのようで、どこへ行ってもよく聞きます。負ける意義としては「レジリエンス」と「バネ」というのが大きいようです。レジリエンスとはここでは「ダメージ最小化」という感じでしょうか。負け方も学ぶことでダメージ、傷を最小化して立ち直りやすくチャレンジしやすくしておこうということです。  バネは負けをバネに次は勝つ!!ってやつですね。勝ちの喜びは負けたことによる悔しさによって正しく得ることができます。常に勝っている人には勝つことの喜びは薄れていってしまう、平和や愛というようなものと同じですね。

 負けることは自分を次の負けを小さくし、勝ちを大きくするために必要である。 ということでしょうか。

 では「勝ちを捨て利を取る」とはなんでしょうか。 これまで見たように勝ちの価値観は様々です。そして勝ち負けというのは相手が必要です。自分がかてば相手は負ける。これは変わりません。しかし、利益に注目してみると勝ちと負けは常に繋がるものではなくなります。

 負けても利益を得ることができる。このことは世間ではあまり認識されていないように思います。それは「利益を得ることが勝ち」だという認識に固まっているからですが、例えば負けを知ることで得るこのが出来るとした「レジリエンス」と「バネ」というものは負け惜しみだったり言い訳とも取られがちです。確かにそういう面もあるでしょうし、勝つことを初めから考えない場合はそうだといえます。  しかしそれらは負けなければ得られないものでもあるので、やはり負けは「利」と考える場面も必要なのでしょう。

 他には負けながら利を得る場面はあるでしょうか。例えば負けることで恩を売る、相手を立てるということがあるかもしれません。順位でいえば1位ではなく2位になることが次の戦いを優位にするために必要な場面もあります。

 個人的には納得できてもどうも具体的な想像が貧困になってしまうので、私はまだまだということでしょう。精進しなければいけません。

 では「利を捨て人を取る」とは一体全体どういうことでしょうか。勝ちどころか利益すら捨てて何を得るというのでしょう。

 人を取るというのはつまり人との繋がりということでしょうか。利を取るのところでも出ましたが、相手を立てる恩を売るということは将来的に自分の勝ちを呼び込むことに繋がります。 また自分の利益を捨てる、放棄するということは相手に対して腹を見せるようなことで信頼関係を築くということにもつながるのかもしれません。

 信頼関係は昨今簡単に語られることの多いコミュニケーションの根幹であり、全てでもあるといえます。もし利を捨てて得ることの出来る信頼関係があるのであれば確かに一時的な利益はすててもいいのかもしれません。

 ただし、もちろん当然絶対に、捨てる利益が極端に身を削るようなものはあってはいけません。生活のための資金を貸すとか自分の腕を切り捨てて相手に付けると感じのことですが、そんなことをするのは人生をそこにかけるしか無いような人生に一度あるかないかのときだけで十分でしょう。

勝つために

 勝つためにと言いながら、勝たないという事をたくさん考え考えさせられた気がしますね。しかし勝ちというものがその場限りのものではなく常に大きなスケールから見た最終的な勝ち、つまり人生観をを得ることのために出来ることがあるのなら「負けるが勝ち」というのも悪くないかもしれません。

 勝ちたければ負けることを知り、勝ちを捨て利を取り、利を捨て人を取る

勝ち方はポケモンが教えてくれた (三才ムックvol.880)